• TOP
  • 新着情報
  • 日本とアメリカの金融システムの違いと変革

日本とアメリカの金融システムの違いと変革

歴史的メガディールへの関与

ワーナー・タイム社合併と金融案件

ニューヨークに着任したばかりの私は、まるで浦島太郎のような気分で、目まぐるしく変化する金融環境に飛び込みました。落ち着く間もなく、すぐに歴史的な案件が舞い込んできたのです。それは、アメリカの多国籍マスメディア・エンターテイメント複合企業「ワーナーコミュニケーション」と、雑誌「TIME」で世界的に有名なマスメディア企業「タイム」の合併に関わるファイナンス案件でした。

この案件に関連する書類のパッケージは膨大で、デューデリジェンス資料はまるで電話帳のような分厚さでした。さらに、リーガルオピニオン(法的意見書)、統合収益予測、部門別収益予測、合併後の経営統合(PMI)に関する資料、事業整理の見込みなどが含まれており、その総量は段ボール箱2箱分にも及びました。

ある木曜日の午後、受付を通じて、私の所属するコーポレートファイナンス課米州本部審査部 に1セットずつ資料が届きました。すぐに社内で案件の取り扱いに関する会議が開かれ、担当責任者としてアメリカ人リーダー1名と、アメリカ人調査役3名が任命されました。さらに、日本人スタッフとして私と5年先輩の日本人リエゾン2名もチームに加わることになりました。

ニューヨーク支店での役割と挑戦

その後、日本人メンバーだけで米州本部の調査役を交えた会議を行い、翌週の火曜日には、ディールへの参加方針が決定しました。ただし、この決定はあくまでニューヨーク支店としての積極方針を決定した に過ぎず、最終的なコミットメントレターの発行は2週間後というスケジュールでした。

つまり、この2週間の間に、どの金融支援メニューのどれに、いくら、どのような金利や手数料で参加するか を決めなければなりませんでした。

メガディールにおいては、資金提供の方法、保全条件、利息や手数料の組み合わせ が複雑に絡み合っています。そのため、各選択肢を検討し、それに基づいた提案書を作成しなければならなかったのです。

各金融手法には、詳細なリーガルオピニオンが付されており、それぞれのリスク要因が細かく説明されています。さらに、タイム社とワーナー社の事業内容は非常に広範囲にわたり、両社を合わせると20以上の事業部門 に分かれていました。それぞれに収益計画があり、それを統合して合併後の経営計画や中期事業数値計画 が作成されていたのです。

私は、これまで見たこともない膨大な資料と、その分量に圧倒されました。「たった2週間で、この資料を分析し、提案のコミットメントレターを提出するなんて無理だろう」と正直思ったほどです。

案の定、当初の6名体制(アメリカ人リーダー1名、アメリカ人調査役3名、日本人リエゾン2名)ではまったく間に合わず、最終的にアメリカ人調査役3名と米州本部の日本人調査役2名 が追加され、総勢11名のチーム体制へと拡大しました。

このようにして、私はニューヨーク支店での大規模ディールへの関与 という大きな挑戦に直面することになったのです。

アメリカ式金融実務と日本の違い

ストレスチェックと金融スキーム分析

メガディールにおいては、資金提供の方法、保全条件、利息や手数料の組み合わせ が複雑に絡み合っており、それを精査しながら最適な提案書を作成しなければなりません。それぞれの金融手法にはリーガルオピニオン(法的意見書) が添付され、リスク要因が詳細に説明されています。

さらに、タイム社とワーナー社の事業内容は多岐にわたり、両社を合わせると20以上の事業部門 に分かれていました。それぞれの部門ごとに収益計画が立案されており、それを統合して合併後の経営計画や中期事業数値計画 が策定されていました。

私は、これまで経験したことのない膨大な資料とその分量に圧倒され、「たった2週間で、この資料を分析し、提案のコミットメントレターを提出するなんて無理だろう」と感じました。案の定、当初の6名体制(アメリカ人リーダー1名、アメリカ人調査役3名、日本人リエゾン2名)では到底間に合わず、最終的にアメリカ人調査役3名と米州本部の日本人調査役2名 が追加され、総勢11名のチーム体制 となりました。

私が担当した主な業務は2つ でした。

1.ストレスチェック(リスク分析)

 ・部門別収益計画の数値と統合収益計画の整合性をチェック。

 ・計画が想定通り進まなかった場合の収益影響を算出。

 ・各種金融スキームの返済可能性やリファイナンスの必要性を分析。

2.稟議書の要約と日本語訳

 ・アメリカ人調査役が作成した英文の稟議書を要約し、日本語に翻訳。

ストレスチェックの作業では、当時の表計算ソフトであるLotus 1-2-3 を使用しました。しかし、日本の支店では貸し付けの稟議書を手書きで作成するのが当たり前だったため、私はパソコンの使用経験がほとんどありませんでした。ニューヨーク支店での業務に備えて、日本でノートパソコンを購入して持ち込んだものの、計算表ソフトを使いこなせるレベルではありませんでした。

もらった収益計画数値はすべて印刷物だったため、データを表計算ソフトに入力するだけで1週間 を要しました。そこから、タイム社とワーナー社の各事業部門の過去の業績トレンドを調査し、主幹事銀行から追加資料を入手しながら、ストレスチェックのためのパラメーターを決定しました。

この作業には膨大な時間がかかり、連日午前2〜3時まで作業し、翌朝8時過ぎにはデスクに戻る という、まさにブラックな労働環境でした。

日本の銀行文化と「護送船団方式」

アメリカ式の仕事の進め方では、チーム内で役割が明確に分担され、一度割り振られた仕事は基本的に個人の責任で遂行 されます。他のメンバーが手伝うことはなく、サポートを受けるとしても、担当範囲の相談や質問に限られていました。

私がストレスチェックでつまずいたときも、アメリカ人調査役に質問することはできましたが、数値入力やパラメーター設定はすべて自分で決める必要がありました。「これがアメリカの働き方か」と実感した瞬間でした。

ただ、幸いにも隣の席のテッド が時間ができた際に手伝ってくれたことで、作業を進めることができました。彼は、金融スキームの分析や条件整理、法的リスクの抽出を担当しており、顧問の会計事務所や法律事務所との打ち合わせに追われる忙しい日々を送っていました。それでも、彼の協力がなければ、私はこの作業を期限内に完了できなかったかもしれません。

一方、日本の銀行文化では、アメリカとは異なる「護送船団方式」 が根強く残っていました。この案件では、ニューヨークに支店を開設している日本のメガバンク5行 も参加しており、それぞれがディールに関わる意向を示していました。しかし、最終的なコミットメントレターの承認は、本社(東京)の決裁を待つ必要がありました。

ニューヨークの日本人銀行員同士は親密な関係を築いており、頻繁に情報交換を行っていました。そのため、最終的な判断として「5行同時にコミットメントレターを発行する」という決定がなされたのです。

この日本式の対応に対し、アメリカ人スタッフからは不満の声が上がりました。「なぜ銀行内の承認手続きがすべて完了しているのに、期限ギリギリまで発行しないのか?」という課長フランクの問いに、私は「これが日本式なんだよ」としか答えられませんでした。

実際、アメリカでは、コミットメントレターを早く発行すればするほど手数料が高くなる 仕組みでした。1日でも早く発行すれば、手数料は1ベーシスポイント(1bp=0.01%)上乗せされます。金額規模が数百億円のディールであれば、たった1日早いだけで数百万円の収益増加につながります。しかし、日本の銀行文化では、個別の利益よりも「全行横並びの公平性」 が優先されたのです。

この経験を通じて、日本の銀行文化がどれほど特殊なものなのか を痛感しました。

当時の日本の金融システムは、預金金利や金融商品の差別化がほとんどなく、大蔵省(現財務省・金融庁)の決めたルールに厳しく縛られていました。そのため、すべての銀行に平等な収益機会を与え、共存共栄を目指すという「護送船団方式」 が維持されていたのです。

しかし、この方式は海外の競争環境では通用しません。アメリカの金融市場では、各銀行が独自にリスクを取り、迅速に意思決定を行うことが求められます。この案件を通じて、私は日本の銀行システムがいずれ大きな変革を迫られるだろう という予感を抱きました。

日本の金融システムの変革

金融自由化への圧力とその影響

チーム全体が必死になって作業を進めた結果、ようやく案件申請稟議書 が完成し、英文稟議書 とその和訳版がニューヨーク支店長と米州本部長の承認を得ました。それは、コミットメントレター提出期限の2日前 のことでした。

アメリカの金融実務では、コミットメントレターは期限ギリギリに発行するよりも、1日でも早く発行した方が手数料が高くなる 仕組みになっています。1日あたり1ベーシスポイント(1bp=0.01%) 程度の違いですが、コミットメントの金額が数百億円規模となると、1日早いだけで数百万円の収益増 になるのです。

ニューヨーク支店長も米州本部長も銀行の取締役であり、両者の承認が下りた以上、すぐにコミットメントレターを発行すれば、手数料収入を最大化できる状況でした。しかし、なぜか期限ギリギリまで発行を保留する という決定がなされたのです。

この判断に対し、アメリカ人のスタッフは困惑し、「なぜ銀行内の承認手続きが完了しているのに、みすみす手数料増額の機会を逃すのか?」 と、課長のフランクからも強い疑問が投げかけられました。私も説明するしかなく、「これが日本式なんだよ」と答えるしかありませんでした。

実は、このディールには、ニューヨークに支店を開設している日本のメガバンク5行 が関与しており、ニューヨーク駐在の日本人支店長同士は密接に情報交換を行っていました。その結果、5行のうち2行はすでに参加の方針を固めていたものの、東京の本部から最終承認が下りていない という理由で、正式なコミットメントレターの発行が遅れていたのです。

ここに、日本の金融文化特有の「護送船団方式」 が表れていました。日本の行政の暗黙の指導により、5行同時にコミットメントレターを発行する という決定がなされたのです。

国際金融市場における日本の適応

私はこの決定に対し、「米州本部の方針とは明らかに矛盾している」 と強い疑問を感じました。日本の銀行がニューヨーク支店を設立し、本部機能の一部を移転した目的は、より迅速な意思決定によって収益を拡大すること だったはずです。それにもかかわらず、日本の本部の判断待ちで時間を浪費し、収益機会を逃すというのは、本末転倒だと感じました。

アメリカのスタッフたちにとっては、この決定は理解しがたいものでした。彼らにとって、銀行業務の基本は「収益最大化」 であり、そのためには迅速な対応が求められます。特に、手数料収入が彼らの報酬やボーナスに直接影響するため、日本式の「全行足並みを揃える文化」 は納得できるものではなかったでしょう。

当時の日本の金融システムは、預金利息や金融商品の差別化がほとんどなく、金融業務の多くが大蔵省(現財務省・金融庁)の管理下 に置かれていました。そのため、競争を促すよりも、すべての銀行に平等な収益機会を与え、共存共栄を目指す「護送船団方式」 が長年維持されていたのです。

しかし、海外において日本の資金の重要性が高まるにつれ、日本の金融システム改革(金融自由化)への圧力 も強まっていきました。こうした背景のもと、日本の「護送船団方式」は徐々に崩れ、金融自由化の波が押し寄せる ことになったのです。

この案件を通じて、私は日本の銀行システムが国際競争の中で変革を迫られる ことを実感しました。現在では、日本の金融機関もグローバル化に適応し、より迅速な意思決定を求められるようになっていますが、当時はまだその過渡期にあったのです。

このタイム社とワーナー社の合併ディールへの関与 は、私のキャリアにおいて極めて重要な経験となりました。現在では一般的になった金融手法の多くを網羅する案件であり、その収益確保の実務を学ぶ機会となりました。

また、その後のリファイナンスや事業売却の承認 など、多くのケースに携わることができ、企業の劇的な変化に対応するスキルを身につける ことができました。事業売却、収益見込みを担保とした資金調達、ノンリコースローン など、現代の金融手法の基礎を実体験を通じて学んだのです。

この案件は私にとって非常にエネルギーを要する経験でしたが、今でも私の自宅のデスクには、当時ディールに参加した銀行宛に贈られたツームストーン(記念の置物) が飾られています。それを見るたびに、この経験が私のコンサルティングの原点となった のかもしれないと、改めて実感するのです。

まとめ

本記事では、アメリカの金融実務と日本の金融システムの違い を、ニューヨークでの経験を通じて紹介しました。ワーナー社とタイム社の合併案件に関わることで、アメリカ式の迅速な金融意思決定 と、日本特有の「護送船団方式」 の対比を実感することができました。

当時の日本の金融システムは、行政主導の管理体制 によって統制されていましたが、グローバル化の進展とともに金融自由化の流れが加速 し、今日では国際競争の中で柔軟に適応する仕組みへと変革を遂げています。

しかし、金融環境の変化は現在も続いており、企業が最適な資金調達手法を選択することは決して簡単ではありません。市場の動向や規制の変化に適応し、企業にとって最良の選択をするためには、専門的な知識と経験が不可欠 です。

そんな企業様をサポートするのが HTファイナンス です。
HTファイナンスは、豊富な金融知識と実績 を活かし、企業ごとの状況に合わせた最適な資金調達方法をご提案いたします。事業基盤の強化や資金調達のご相談 について、お気軽にお問い合わせください。

まずは借入枠診断からお申込み

 

監修者 三坂大作
筆者紹介
ヒューマントラスト株式会社 統括責任者・取締役
三坂 大作(ミサカ ダイサク)

経歴
1985年 東京大学法学部卒業
1985年 三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行
1989年 同行ニューヨーク支店勤務
1992年 三菱銀行退社、資金調達の専門家として独立
資格・認定
経営革新等支援機関:認定支援機関ID:1078130011
ヒューマントラスト株式会社:資格者 三坂大作
貸金業登録番号:東京都知事(1)第31997号
ヒューマントラスト株式会社:事業名 HTファイナンス
貸金業務取扱主任者:資格者 三坂大作
資金調達の専門家として企業の成長を支援
資金調達の専門家として長年にわたり企業の成長をサポートしてきました。東京大学法学部を卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行し、国内業務を経験した後、1989年にニューヨーク支店へ赴任し、国際金融業務に従事。これまで培ってきた金融知識とグローバルな視点を活かし、経営者の力になることを使命として1992年に独立。以来、資金調達や財務戦略のプロフェッショナルとして、多くの企業の財務基盤強化を支援しています。 現在は、ヒューマントラスト株式会社の統括責任者・取締役として、企業の資金調達、ファイナンス事業、個人事業主向けファクタリング、経営コンサルティングなど、多岐にわたる事業を展開。特に、経営革新等支援機関(認定支援機関ID:1078130011)として、企業の持続的成長を実現するための財務戦略策定や資金調達のアドバイスを提供しています。また、東京都知事からの貸金業登録(登録番号:東京都知事(1)第31997号)を受け、適正な金融サービスの提供にも力を注いでいます。
前へ

ESG経営の本質とは? 欧米資本主義との違いと日本企業の強み

一覧へ戻る

日本の金融とグローバル化の現実

次へ