日本の銀行と金融自由化の現実

日本の銀行と投資銀行業務の違い

商業銀行と投資銀行の基本的な役割

日本の銀行業務は、商業銀行と投資銀行の二つに大きく分かれます。商業銀行は、個人や企業に対して預金・融資・為替などのサービスを提供することを主な業務とし、資金の仲介を通じて経済活動を支えています。この形態は18世紀にイギリスで確立され、現在のメガバンクも基本的にはこの枠組みのもとで運営されています。

一方、投資銀行は、事業法人や機関投資家、政府系機関などを対象に、株式や債券の発行・引受、M&A(買収・合併)アドバイザリー業務など、直接金融を活用した資金調達を支援します。これは、欧米では一般的な銀行業務の一環であり、特にアメリカの大手金融機関は、商業銀行と投資銀行の両方の機能を兼ね備えています。

日本と欧米の金融システムの相違

日本の銀行は、戦後の経済成長を支える中で、護送船団方式と呼ばれる業界保護政策のもとで発展してきました。そのため、国内の銀行は行政指導に忠実であり、商業銀行としての業務に特化し、証券業務や投資銀行業務には消極的でした。銀行法の厳格な規制により、株式や社債の引受業務は、証券会社の領域とされ、銀行が直接取り扱うことはできなかったのです。

しかし、欧米の金融機関では、商業銀行と投資銀行の垣根が低く、両方の業務を兼営することが一般的でした。特にアメリカでは、金融自由化の流れの中で、投資銀行業務が重要視されるようになり、商業銀行もその機能を備えるようになりました。その結果、日本の銀行の海外支店では、現地の法体系に則り、国内ではできない投資銀行業務を展開するケースが増えていきました。

私が所属していたメガバンクのニューヨーク支店も、こうした欧米の銀行環境に適応する形で、投資銀行業務を行っていました。しかし、国内本部との間には業務の違いによる混乱も多く、商業銀行としてのルールに縛られる日本の銀行にとって、投資銀行業務は未知の領域でした。そのため、国内では許されない業務を海外で行うことに対して、慎重な姿勢が求められる状況が続いていたのです。

海外支店における業務の現実

社債取引の試みと東京本部の反応

日本の商業銀行は、国内では事業法人の株式や社債の引受を認められていませんでした。しかし、海外支店では現地の法体系に則り、社債の引受が可能でした。そのため、東京本部はニューヨーク支店に対して「有価証券投資(社債や株式の買取)」という目標を掲げていましたが、実際にその業務を遂行する経験がなく、ほとんどの支店では未達成の状態が続いていました。

そんな中、ニューヨーク支店のSenior Officerであるブルースは、社債を活用した金融支援に可能性を見出しました。彼は、フロリダ州の中堅スーパーマーケットをターゲットに、普通社債300万米ドル(約5億円)の引受を企画しました。このスーパーマーケットは、フロリダ州内で知名度のあるチェーン企業であり、年商7,000万米ドル(約100億円)と安定した経営基盤を持っています。ブルースは、この案件を優良案件として判断し、英文の稟議書を作成。私もその作成と日本語訳を手伝い、比較的スムーズに稟議書は完成しました。そして、課長を経由して副支店長、支店長の承認を得ることができました。

しかし、ここで問題が発生しました。支店長には最終決裁権限がなく、東京本部の証券部の承認が必要だったのです。証券部に案件を送ると、当時の証券部の主な業務はグループ会社の株式・社債の持ち合いや、自社株の発行・買戻しなどであり、取引先の社債を購入するという業務に対する理解がほとんどありませんでした。結果として、証券部では判断ができず、決裁はさらに上層部である常務会に委ねられることになったのです。

前例主義がもたらす意思決定の遅れ 

ブルースは、アメリカの幹事銀行に掛け合い、コミットメントレターの発行期限を延期してもらいました。彼としては「なんとか実績を作りたい」という思いが強かったのですが、私には嫌な予感がしていました。国内の通常の貸し付け案件であれば、支店長の決裁で問題なく処理できるはずの案件が、海外支店の社債購入という形になった途端、大きな障害に直面していたのです。

日本の商業銀行は、商業銀行業務の枠を超える業務には極端に慎重でした。証券部が判断を下せないのは理解できますが、常務会に案件を回したにもかかわらず、最終的に証券部長の意見が優先される形で「原則的に社債の買い取りは行わない」との結論が下されました。さらに後日、驚くべきことに「常務会のメンバーのほとんどが英文の稟議書を読めなかった」という事実も判明しました。

この案件を進めることができなかったことで、ブルースは激怒しました。「それでは、東京本部が掲げた『有価証券投資』の目標は一体どうやって達成するのか?」という問いに対して、明確な答えを出せる者は誰もいませんでした。実際、このような状況は珍しくなく、日本の銀行業界全体に根付いた「護送船団方式」と「前例主義」の弊害を強く感じた出来事でした。

当時の日本の銀行は、国内市場での収益拡大を重視し、海外市場での積極的な事業展開には慎重でした。そのため、海外支店では欧米型の金融手法に挑戦しながらも、本部の決裁を得ることが難しく、現場の意思決定が大幅に遅れるというジレンマが生じていたのです。

日本の金融業界の課題と改革の必要性

護送船団方式が生んだ業務の制約

その日、私は支店に泊まり込み、ニューヨーク現地時間の午前2時前後に届くはずの常務会の決裁結果を待ちました。結果は最悪でした。「常務会は本件を承認しない。理由は、有価証券の売買を管轄する証券部部長の意見の通り、この種の社債の買い取りは原則的に行わないことになっている」という内容でした。

おかしな話です。証券部では決裁できないからこそ常務会に上がった案件にもかかわらず、証券部部長の意見が最優先され、案件は否決されてしまったのです。さらに、後日分かったことですが、「常務会のメンバーのほとんどが英文の稟議書を読めなかった」という驚くべき事実もありました。前例主義が根深く残る日本の銀行組織では、海外支店が投資銀行業務を展開し、取引先の社債を購入するという取り組みすら実現できなかったのです。

この決定をブルースに説明すると、彼は激怒しました。「それでは、東京本部が掲げた『有価証券投資』の目標は一体どうやって達成するんだ?」と詰め寄られました。私は、常務会メンバーが英文の稟議書を読めなかったという事実だけは伝えられませんでしたが、それでもやるせない気持ちでいっぱいになりました。

当時の日本の銀行業界は、「護送船団方式」と「前例主義」が支配し、欧米の銀行に比べて10年どころか、30年は遅れていると言われても仕方のない状態でした。銀行経営は極めて保守的であり、海外の金融機関からは異質なものと見なされていました。

バブル崩壊と金融ビッグバンへの道

1980年代後半から90年代にかけて、日本の銀行はプラザ合意による円高不況を克服するために、国内業務に経営資源を集中し、収益の拡大を図りました。その結果、潤沢な資金が生まれ、それが海外市場への資金提供につながりました。しかし、その金融手法や管理方法は、極めて保守的なものでした。

幸いなことに、バブル経済の恩恵を受け、日本国内の需要は急拡大しました。輸出主導型の円高不況からは脱却し、内需主導型の経済基盤が確立されたのです。しかし、このフロリダ州のスーパーマーケットの社債案件に見られるように、日本の銀行は、国内市場では積極的な姿勢を見せながらも、海外市場では前例主義の弊害により柔軟な対応ができないという、ねじれた状態に陥っていました。

そして、この後、日本の金融業界はバブル崩壊と金融ビッグバンという大きな変革の波に飲み込まれることになります。これにより、日本の金融システムは大きな転換点を迎え、従来の護送船団方式からの脱却が求められる時代へと突入するのです。

まとめ

本記事では、日本の銀行業界が抱える前例主義や護送船団方式の問題点、そして金融自由化の波にどのように対応してきたかについて解説しました。バブル経済の拡大とその後の崩壊を経て、日本の金融機関は大きな変革を余儀なくされました。グローバル市場との競争が激化する中で、日本の銀行もより柔軟な経営判断が求められるようになりました。

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監修者 三坂大作
筆者紹介 ヒューマントラスト株式会社 統括責任者・取締役 三坂 大作(ミサカ ダイサク)

経歴
1985年 東京大学法学部卒業
1985年 三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行
1989年 同行ニューヨーク支店勤務
1992年 三菱銀行退社、同年資金調達の専門家として独立
資格・認定
経営革新等支援機関:認定支援機関ID:1078130011
ヒューマントラスト株式会社:資格者 三坂大作
貸金業登録番号:東京都知事(1)第31997号
ヒューマントラスト株式会社:事業名 HTファイナンス
貸金業務取扱主任者:資格者 三坂大作
資金調達の専門家として企業の成長を支援
資金調達の専門家として長年にわたり企業の成長をサポートしてきました。東京大学法学部を卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行し、国内業務を経験した後、1989年にニューヨーク支店へ赴任し、国際金融業務に従事。これまで培ってきた金融知識とグローバルな視点を活かし、経営者の力になることを使命として1992年に独立。以来、資金調達や財務戦略のプロフェッショナルとして、多くの企業の財務基盤強化を支援しています。 現在は、ヒューマントラスト株式会社の統括責任者・取締役として、企業の資金調達、ファイナンス事業、個人事業主向けファクタリング、経営コンサルティングなど、多岐にわたる事業を展開。特に、経営革新等支援機関(認定支援機関ID:1078130011)として、企業の持続的成長を実現するための財務戦略策定や資金調達のアドバイスを提供しています。また、東京都知事からの貸金業登録(登録番号:東京都知事(1)第31997号)を受け、適正な金融サービスの提供にも力を注いでいます。
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