2025.05.22
新収益認識基準とは?5ステップでわかる実務対応
2021年4月より一部企業に強制適用となった「新収益認識基準」。従来の「実現主義」に代わり、「履行義務の充足」に基づいた収益計上が求められるようになりました。本記事では、新収益認識基準の基礎から、適用対象、5つのステップ、業務への具体的な影響と対応策まで、初学者にもわかりやすく整理して解説します。
新収益認識基準の基本を押さえる
新収益認識基準とは何か
新収益認識基準とは、企業が売上(収益)をいつ・どのように認識するかを明確に定めた新しい会計ルールです。
2021年4月以降に開始する会計年度から一部の企業を対象に強制適用され、これまでの会計処理とは考え方が大きく変わりました。
従来の日本基準では、売上の認識タイミングは「出荷基準」や「検収基準」など、企業ごとに判断が分かれていたため、財務諸表の比較が難しいという問題がありました。
これに対して、新収益認識基準では、「履行義務の充足」という統一された基準に基づいて、売上を計上する必要があります。
つまり、企業は契約に基づいて顧客に提供するサービスや商品を明確に区分し、それぞれの義務を果たしたタイミングで収益を認識するという流れになります。
これは、国際会計基準(IFRS第15号)や米国基準(ASC606)と整合性を取るために導入されたものでもあります。
例えば、商品販売と保守サービスを同時に契約する場合、それぞれを別の「履行義務」として扱い、商品提供時と保守サービス提供期間に応じて収益を分けて認識する必要があるのです。
このように、新収益認識基準は、企業の売上計上方法に透明性と一貫性をもたらすことを目的としており、業種や契約形態によっては大きな会計処理の変更が求められるため、正しい理解と対応が不可欠です。
適用対象企業と適用開始時期
新収益認識基準は、2021年4月1日以降に開始する会計年度から、一定の企業に対して強制的に適用されるようになりました。
これは、企業の会計処理を国際的なルールと統一し、投資家や取引先に対する信頼性を高めるための措置です。
具体的な適用対象企業は、上場企業、上場準備中の企業、大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)が中心です。
これらの企業では、財務諸表の透明性や比較可能性が特に重視されるため、収益の認識基準も明確なルールが求められています。
一方で、中小企業や非上場企業に対しては任意適用とされており、従来の実現主義に基づく処理を継続することも可能です。
ただし、上場企業と取引がある場合やグループ会社が適用対象の場合には、その影響を受ける可能性があるため、注意が必要です。
以下は、適用対象の早見表です。
区分 |
上場企業 |
上場準備企業 |
上場予定なし |
大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上) |
強制適用 |
強制適用 |
強制適用 |
中小企業(上記以外) |
強制適用 |
強制適用 |
任意適用 |
また、強制適用の企業では、連結子会社や関連会社にも基準の統一が求められるため、グループ全体での対応が必要となるケースがほとんどです。
このように、新収益認識基準の適用対象は明確に分類されていますが、実質的には多くの企業が直接または間接的に影響を受ける可能性があるため、例外であっても準備を進めることが望ましいとされています。
5つのステップでわかる収益認識のプロセス
収益認識の5ステップとは
新収益認識基準では、収益を計上する際に「5つのステップ」を順に踏むことが求められます。
このステップは、契約内容をもとに売上を合理的かつ適切に分解・配分することで、収益をより正確に反映する仕組みとなっています。
従来の「一括計上」や「契約成立=売上計上」といった大まかな処理とは異なり、契約の内容や提供する商品・サービスの性質に応じて、売上のタイミングと金額を調整する必要があるのが大きな特徴です。
以下に、新収益認識基準で定められている5つのステップを紹介します。
【収益認識の5ステップ】
ステップ |
内容 |
ポイントの概要 |
ステップ① |
契約の識別 |
顧客と締結した契約を特定する(書面・口頭・商習慣も含む) |
ステップ② |
履行義務の識別 |
提供する商品・サービスごとに、履行義務を明確に区分する |
ステップ③ |
取引価格の算定 |
顧客が支払う予定の金額(変動対価を含む)を合理的に見積もる |
ステップ④ |
履行義務への取引価格の配分 |
各履行義務に対して、公正な価値に基づき価格を按分する |
ステップ⑤ |
履行義務の充足による収益の認識 |
義務が完了したタイミングで、それに対応する収益を認識する |
このプロセスを踏むことで、企業が実際に提供した価値と顧客から受け取る対価との整合性が取れるようになり、売上の透明性が向上します。
特に、複数のサービスを提供する契約や長期にわたる契約においては、このプロセスを厳密に運用することが重要です。
実務における収益認識の具体例
実際のビジネスの現場では、1つの契約に複数の履行義務が含まれているケースが非常に多く見られます。
そのため、ステップごとの対応を正確に行わないと、不適切な収益計上や監査での指摘リスクにつながる可能性があります。
ここでは、典型的なケースを3つ紹介し、それぞれにおける収益認識のポイントを解説します。
① 商品とサービスのセット販売(例:ソフトウェア+保守契約)
あるIT企業がソフトウェアを販売し、同時に1年間の保守サービスも提供する場合、契約は1本でも以下のように分けて処理します。
– ソフトウェア:納品時点で収益認識(履行義務の充足)
– 保守サービス:12か月に分割して収益認識(月ごとの義務履行)
このように、異なるタイミングで義務が果たされるものは、別個に収益計上が必要です。
② 長期プロジェクト(例:建設工事やコンサルティング契約)
建設業やコンサルティング業のように、履行義務の遂行に時間がかかる取引では、「進捗度」に応じて収益を計上する方法が一般的です。
進捗率は、以下のように算出します。
– 成果物の完成度(成果基準)
– 作業時間や費用投入割合(投入基準)
この方式により、未完成でも進行度に応じた収益が認識されるため、正確な期間損益計算が可能となります。
③ 代理人取引(例:ECプラットフォーム)
ECサイトを運営する企業が、他社の商品を代わりに販売する「代理人」として機能している場合、自社が提供しているのは「販売手数料」という履行義務です。
– 顧客への商品の提供=他社
– 自社の履行義務=取引の仲介・決済手続きなど
このような場合、自社が受け取る「手数料部分のみを収益として認識する」ことが求められます。
これらの事例に共通して言えるのは、契約内容の読み解きと履行義務の識別が収益認識の出発点であるという点です。
実務に落とし込むには、営業や法務、経理が連携して契約を精査し、どのタイミングで何の対価が発生するのかを明確にする体制づくりが不可欠です。
実務対応における影響と準備
影響を受ける業種・取引パターン
新収益認識基準は、すべての企業に対して同様に影響を及ぼすわけではありません。
契約の形態や提供するサービスの性質によって、その影響度は大きく変わります。
特に、複雑な取引構造を持つ業種や、長期にわたる契約を取り扱う企業にとっては、収益認識の方法が根本から見直されることになります。
以下のような業種・取引形態では、新基準の適用によって会計処理や業務フローに大きな見直しが必要となります。
【主な影響を受ける業種と取引例】
業種 |
影響を受ける取引内容の例 |
建設業 |
複数年にわたる工事契約(進捗基準による収益配分が必要) |
IT業 |
ソフトウェア開発+保守契約(履行義務の分離と配分が必要) |
コンサル業 |
定期的なサービス提供契約(期間に応じた収益配分) |
小売・流通業 |
商品とポイントの同時提供(ポイント分は将来履行義務として処理) |
ECサイト運営 |
代理人取引(販売総額ではなく、手数料部分のみを収益と認識) |
これらの業種では、「1つの契約に複数の履行義務が含まれている」ことが多く、売上を一括で計上できないケースが増加しています。
例えば、商品の販売と一緒にアフターサービスやメンテナンス契約をセットにしている場合、それぞれを独立した履行義務とみなして、それぞれの履行タイミングに応じて収益を分割して認識する必要があります。
さらに、ポイント制度やキャッシュバックなど、顧客との契約以外に提供される付加価値についても、適切に収益を減額して記帳することが求められます。
このように、新収益認識基準の影響は、売上高の金額だけでなく、収益計上の時期、会計システムの設定、社内業務の設計にも及ぶため、非常に実務負担が大きくなる可能性があるのです。
導入に向けた実務準備と対応策
新収益認識基準への対応を進めるためには、単なる会計処理の変更にとどまらず、契約・業務・システムの全体を見直すことが不可欠です。
特に、これまで収益を一括計上していた取引が対象となる場合は、業務プロセス自体の再設計が求められることもあります。
以下は、導入準備を進める上での主なステップです。
【新収益認識基準導入の準備ステップ】
1.現状の取引内容の洗い出しと契約の棚卸し
既存の契約書を確認し、履行義務が複数に分かれているものがないかを把握します。
2.収益への影響度を分析
どの契約が新基準の適用対象となるのかを見極め、売上へのインパクトを定量的に評価します。
3.会計システムの対応可否を確認
取引価格の配分や進捗基準の管理が可能かどうかを確認し、必要に応じてシステムの改修や入れ替えを検討します。
4.社内ルールと業務フローの整備
収益認識のタイミングや金額が変わることで、請求・売上・原価の管理手順も見直しが必要です。
5.関係者への教育と体制構築
経理部門だけでなく、営業・法務・システム部門とも連携し、共通認識のもとで対応できる体制を整備します。
これらの準備を進めることで、適切な収益認識だけでなく、内部統制や開示情報の信頼性向上にもつながります。
また、すべての取引を一度に見直すのではなく、重要性の高い取引から段階的に対応を進める「スモールスタート方式」も有効です。
さらに、新基準に対応したクラウド型会計ソフトやERPシステムを導入することで、煩雑な手作業を自動化し、ヒューマンエラーの抑制と経理担当者の負担軽減が図れる点も見逃せません。
総じて言えることは、新収益認識基準への対応は一部の担当者だけの課題ではなく、企業全体の意思決定とプロジェクト管理が求められるテーマであるということです。
まとめ
本記事では、新収益認識基準の概要から、5つのステップによる収益認識プロセス、業種別の影響、そして実務対応に向けた準備方法までを解説してきました。
新基準は、企業の財務報告に透明性と一貫性をもたらす一方で、契約の棚卸や業務フローの見直し、システム対応など、多くの準備と専門知識が必要となる会計改革です。
特に、複雑な契約形態や継続的なサービス提供を行っている企業にとっては、今後の経営判断にも関わる重要な要素となるでしょう。
しかし、会計基準の理解から実務適用までを社内だけで進めるのは困難であるケースも少なくありません。
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